「見せたいものがある」って、朝からトレーナーさんはそわそわしていた。 悪い話ではないだろうけれど……少し緊張しながらトレーナー室の扉をそろそろと開ける。 「グローリアさん!お待ちしておりました!」 「バクシンオーさん!?」 先輩が、どうしてここに? という疑問は、桜色に染まる室内を見て吹き飛んだ。 「わぁ………!!」 マネキンに着せられた真新しいコスチューム。 優しいピンク色の和風のミニワンピース どこかで読んだコノハナサクヤヒメの伝説を思い出す。 薄紅色に透ける袖は天女の羽衣のようで、風に乗って何処までも飛んでいけそう。 腰にはいつもの私の髪飾りとお揃いの、苺みたいに可愛い色のリボンが、八重桜のようにふわふわのスカートの上で結ばれている。 これが私の、勝負服。 きゃー、可愛い、すっごく可愛い、こんな可愛いの私に似合うのかな?大丈夫かな? 「さぁさぁ早く着てみましょう!!」と楽しそうに言うバクシンオーさんに手伝ってもらって袖を通していく。 和風だけれど、見た目よりも軽いし動きやすい。 なんだかいつもよりも上手にスタートが切れそうな気がする。 着ていると、空気の綺麗な神社に行った時のように、静謐な気持ちになってくる。 熱く溢れてくる、走りたいという気持ち。同時に、頭が冴えるというか、熱くなっている自分に対してどこか冷静な自分もいる。 あぁ、はやく走りたい。 どこまでも。 限界を超えてでも。 ドキドキしながらトレーナーさんの前に出る。 破顔したトレーナーさんに、可愛い、天使だ、いや女神だ、金に透ける髪にぴったりで桜の精霊のようだ、俺の担当最&高、なんて珍しことを沢山言われて、き、気恥ずかしいけれど、ほっぺたが緩んじゃう。 私に、似合ってる? これを着て走ったら、レースを見てくれるファンのみなさんも喜んでくれるかな……? 「改めて、グローリア。G1出走おめでとう」 「グローリアさん!おめでとうございます!! サクラ軍団の一員としてティアラ街道をバクシンしましょう!!!」 ひとしきり誉められたあと「これ」とトレーナーさんが掌を差し出す。 そこには薔薇水晶でできた桜がとろりと光っていた。 「桜の帯留め!わぁ、大事にします!!!」 はしゃいだ声を上げる私に微笑んでいたトレーナーさんは、ふと、真面目な顔になった。 「グローリア、約束してくれ。 これを着るときは、無理せず、怪我せず走ると」 どういうことだろう。一着を目指して、じゃないのかしら。 怪我をせずに走ってくること。 レース中の事故には合わない、合わせない。 授業でも何度も言われている、当たり前のことじゃない? そう思いつつも、「はい」と返事をする。 「そうだ。怪我をせず…そして、1番になって帰ってきてくれ」 帯留めを差し出すトレーナーさんの手からは、あったかくて優しい、祈るような気持ちが伝わってきて、胸がいっぱいになった。 「トレーナーさん。阪神JF、私が栄光を掴みます!!」 堂々の勝利宣言。 いつもはそんな自信ないけど、この勝負服が勇気をくれた今なら、言える気がした。 ---------------------------------------------------------------------------- 勝負服を着た俺の担当、サクラグローリアはそれはもう天使のように神々しいばかりに美しかった。 冗談のように天使だ、いや女神だ、金に透ける髪にぴったりで桜の精霊のようだ、俺の担当最&高と声をかける。俺だって普段はこんなに調子良いことは言えないので、ここぞとばかりに褒め言葉を上乗せする。 美形揃いの中央トレセンウマ娘の中でも抜群に綺麗な顔をしているのにかかわらず(あと俺が言うのも何だが抜群のプロポーションをしているのにも関わらず)、グローリアは自分に自信がないようだった。 戦績だって申し分ない。先日の芙蓉ステークスを経て、ジュニア期のG1.阪神JFの出走メンバーに選ばれたのだから。 トレーニングに関してはだいぶはっきりものを言えるようになったものの、他のことにはまだまだのようで、勝負服のデザインどうする?と訊いたときも 「えっ、どうしよう…私、どんなのが似合うのかわからないし………パッちゃんはどうするんだろう………えっと、…私はなんでもいいです」 なんて言うもんだから。 ここで可愛い勝負服を着て、もっと自信をつけてほしいところだが、女の子のセンスはよくわからない。 そこで、グローリアの面倒をよくみてくれる頼れる先輩サクラバクシンオー、バクシンオーと仲のいいサクラチヨノオーとサクラローレル、あとちょうどお散歩していたハルウララに協力を仰いだ。 そうして出来上がったのがこの勝負服。 思った通り、グローリアにぴったりだ。 日の光を通して輝く薄い金の髪も、彼女の名前にぴったりな桜色の勝負服も、 祈りを捧げる敬虔な巫女のように見えて、 なんだか余りにも、儚くて。 このまま掻き消えてしまうのではないか? 天女のように空の世界に帰ってしまうのではないか? あまりにも美しい魂は、神様が早く連れていってしまうというから。 お守りと言って渡した桜の形の水晶は魔除けに。 腰のリボンは現世に留める赤い糸に。 それが俺と繋がっているかどうかは別としても、現世の何処か、俺から見えるところに繋がっていてほしかった。 もちろんレースに勝ってくれたら嬉しい。 金色の風が春の嵐を連れてくる、そんな走りがまた見たい。ずっと見たい。 だけど、それ以上に 君が隣にいることがなによりも、俺にとっての栄光なんだ。